このたび、研伸館ブログで「理科っぽいエッセイ」を連載させていただくことになりました生物の上田です。
皆さん宜しくお願い致します。(一礼)
僕は生物の講師ですので、エッセイの題材は主に生物を中心とした理科的なものになって行くと思われます。
しかし、せっかく研伸館という大変な頭脳集団の中でこういうエッセイを書くわけですから、研伸館のたくさんの先生方にビシバシ突っ込んでもらえるような広がりのありそうな題材を選んでいきたいと思います。
このブログをお読みの皆様方、鋭い突込みをお待ちしています。(深く礼)
ところで、栄えある第1回の題材は、これで行きましょう。
第1回 僕らはみんな塩っぽい
皆さん、サラリーマンと言う言葉の語源をご存知ですか?
サラリーの「サラ」には、「塩」と言う意味があります。他にサラのつく言葉として、サラダなどもあげられます。「塩」で味付けした野菜なので「サラ」ダなのですね。では、サラリーマンとは「塩で味付けされた人間」?いえ違います。しかし、「サラ」と言う言葉は国家や権力と深いかかわりがある単語なのです。
ところで話は一気に飛びますが、近代以前の中国の王朝が倒れるときに暗躍する人たちがいます。どんな職業の人々か想像つきますか?
ひとつは宗教人でしょう、しかしこの人々は今回のブログには関係有りません。もうひとつは何と、塩の密売人なのです!(世界史を受講している皆さんにとっては当たり前でしたか?)
たかが塩の密売がなぜ、国家転覆の原動力になるのか?そのあたりを生物っぽく説明していきましょう。
僕らの血潮は海から来た
太古、我々命あるものが誕生した場所は海であると考えられています。我々のはるかな祖先は、海の中に漂いながら生きてきました。海こそが我々を包む全てだったのです。
海は気温の変化も少なく、濃度(浸透圧)の変化も少なく、急激な変化にうまく適応できなかった初期の生物たちにとっては、理想的な生息場所だったことと思われます。
生物は細胞と言う最小単位のままで暮らしてきました。
ところで、生命誕生から10数億年前、生物の歴史に残る画期的な進歩が起こりました。
「囲い込み」です。
細胞たちがたくさん集団になって(多細胞生物の誕生)、海を自分たちの中に囲い込み、その海を自分たちにとって理想的な天国のような状態にしたのです。
囲い込まれた「理想の海」は本物の海よりさらに温度・浸透圧・pHなどの変化が少なく、しかもあらゆる細胞が必要とする栄養分を利用できるよう、栄養分をたっぷり溶かし込んだ液体でした。
この「理想の海」を体の中に囲い込んだことによって、多細胞生物は海でない環境にも進出できるようになりました。通常なら体が破裂して死んでしまうような薄い水(淡水域)、あるいは水の無い世界(陸上)にまでも・・・。
海を囲い込み、携えていくことで生物は海から離れることができるようにさえなったのです。
我々陸に生きる動物には、今でも太古に囲い込んだ海が流れ続けています。
我々はそれを「血潮」と呼んでいます。我々の先輩たちは生物学が発達していなかった頃から、体液と海水の関連に気がついていたのかもしれません。
長き年月にわたって雨が降り陸地を溶かし続けてきたため、今では我々の血液と海水は濃度や成分が違ってしまっています。しかし、動物の体液の濃度や成分は、太古の海水の状態をあらわしていると考える研究者も少なくないと思います。
体内の海を捨てた生物 = 植物
陸に上がったのは動物だけではありません。植物も陸地に生きています。
植物の組織(特に葉)を顕微鏡観察すると、細胞と細胞が密集しておらず結構隙間が有ることが分かります。この隙間を「細胞間隙」と呼びます。浮き草などではこの細胞間隙は、体積の70%にも達します。
生物を受講していない人に「ここに何が詰まっているか?」と問うとだいたい「液体?」「水っぽい何か?」と言う答えが返ってきます。生物受講者でもそう返す人は少なくないかもしれません。
動物の場合、細胞と細胞の間を「組織液」と呼ばれる液体が満たしています。動物の細胞は今でも体の中に囲い込んだ理想の海=体液の中に暮らしているのです。
ところで、狭い金魚鉢の中に、身動きできないほど金魚を詰め込めば間違いなく窒息するでしょう。我々の細胞はそれよりもっと高密度に詰まっているのに、なぜ窒息しないのでしょうか?
それは、心臓が動いているからです。心臓が鼓動を刻み、血液が流れ、肺から取り入れた酸素を体の隅々に運ぶので、体のどの部位の細胞も窒息しないのです。心停止が「死亡」の重要な基準なのは、心停止すると、血流が止まり酸素の運搬が途絶えるので、細胞たちは金魚鉢に詰め込まれた数十匹の金魚よりひどい有様になって、窒息死してしまうからなのです。
では、もし植物の細胞間隙が水で満たされていたら?
植物には心臓がありませんから、あっという間に全ての細胞が気体を自由に出し入れできなくなり死んでしまうことでしょう。
植物が採ったのは、体内の海を捨てることでした。細胞間隙を満たしているのは空気です。個々の細胞が直接大気と気体交換する構造になっているのです。
草食動物は岩塩をなめるが、肉食動物は岩塩をなめない(らしい)
我々の体液は、太古に取り込んだ海水を受け継いだものと考えられています。そのため海水と同じように塩辛い。これは多細胞生物誕生当事、海水中に大量の塩化ナトリウムが含まれていた(今でもたくさん含まれていますが)状態を今にまで伝えているのでしょう。それに対して細胞の中にはナトリウムは極めて少なくなっています。
現在でも動物細胞の細胞膜には細胞内に入り込んだナトリウムを細胞外に追い出し、代わりに体液中のカリウムを細胞内に取り込む働きをするタンパク質が存在しているほどです。
今では動物の体液とナトリウムはさらに強く関連づけられています。
動物は、体内の水の総量を知る仕組みを持っていません。体内の水分量に関する中枢は脳の一部、間脳の視床下部という部位に有るのですが、全身から水に関する情報を集めてきて判断しているわけではありません。せいぜい視床下部内を流れる血液の塩分濃度(浸透圧)をチェックし、塩分濃度が高くなると「水不足」と判断して飲水行動を促し(のどが渇いたと感じさせる)、塩分濃度が低いと体内の「水分量が多すぎる」と判断して体から水を排出しています。
体内に常に一定量の塩分が存在するならば、これはうまい仕組みです。
しかし、この調節機構には落とし穴があるのです。
たとえ体内の塩分が減ってしまった場合であっても、間脳視床下部は、水分過多と塩分不足とを区別できません。
そのため、激しい運動などで塩分を大量に失った場合水を飲むなどして体内の水分量を適切に戻したとしても、まるで水を飲み過ぎたかのように、尿として水分を出してしまうのです。激しい運動の後には、単に水を飲むのではなくスポーツ飲料などの塩分を含んだ飲み物を飲むことが推奨される生物学的根拠がここにあります。
このことから分かるように、我々動物は塩分が不足すると水分不足に陥るのです。
ところで、植物細胞は体液を持たないと先ほど書きました。つまり体内にナトリウムを持たないのです。すると、植物を摂取する動物は、食物から塩分を摂ることができないということになります。
地上に存在する塩化ナトリウムの結晶を岩塩と言いますが、この岩塩をなめるという行動は草食動物に多く見られ、動物にはあまり観察されないといわれています。動物を体ごと全部食べてしまう肉食動物の場合、エサとなった生き物の体内のナトリウムを全て取り込むことになるので、草食動物よりはナトリウム不足に陥りにくいのでしょう。
帝国は塩を独占する
かつて日本には「専売公社」というものがありました。専売公社は国内において「タバコ」と「塩」の販売を独占していたと記憶しています。
これは近代以前の中国の税制度に倣ったものなのかもしれません。
近代以前であっても巨大な人口を持ったであろう中国のことですから、全人民に十分な食肉がまわったとは考えられません。
するとムギやコメ、雑穀などの植物由来のものが食料の大半を占めた事でしょう。この食事内容では、ナトリウムを食料から摂取できません。
ここに帝国と塩の関連が生まれるのです。
海の近辺では塩分の入手は容易です。海水を蒸発させれば良いからです。
しかし、海から遠い土地(奥地)に住む人は、海辺から塩を運んできてもらわねばならないことになります。すると、海と奥地をつなぐ道路をつくる存在、あるいは海と奥地との交易路の安全を武力で保障してくれる存在、もっと言えば海から塩を直接運んでくれる存在が生存のために必須と言うことになるでしょう。
国家が塩の販売を独占することにはそれなりの背景や理由があったと思います。
しかし、生存に関わる物資の独占販売が国家の手で行われたため、国家の財政が傾いたとき、この塩にはきわめて高い税が課せられたことでしょう。
塩を食べねば死んでしまう、しかし国家の売る塩は非常に高価であるとなれば・・・。
ただのような値段で手に入れた塩を、国の売る塩よりは安い値段で売りさばく。すると人望と富が密売商人に集まり、やがて武力蜂起を起こし、帝国を傾ける。
たかが塩の密売が、ついには国家転覆の原動力になるメカニズムはこのようなものだったでしょう。
同じく古代帝国のローマでは、「塩」が給料として配給されていたと聞きます。そして、その塩が「サラリー」の語源となったと・・・。
働いて給料をいただき、サラリーマンと呼ばれる立場であることを思うとき・・・。
僕は27億年前からつながる海との「縁(えにし)」を感じずにはいられないのです。
(第1回 終わり)