Biological Stories 2
第2回 サブプライム問題という名の猛吹雪
このブログでは理科的なちょっと面白い話を扱うことにしています。時間の経過とともに意味不明になるような時事的な内容はできるだけ控えようと思っているのですが、この類の問題に関しては以前から是非触れてみたいと思っていたので、少し書かせていただきます。
この文を読者の皆さんがお読みになるのが、はたしてこの文章がブログ上に発表されてから何週後なのか、原稿を書いている今この時点では想像もつきません。
今この文章をお読みの皆さん、今の景気はどうですか? 世界恐慌はやってきましたか?
日本はまた大不況に陥りましたか? それともかすり傷ですみましたか?
経済崩壊して破綻してしまった国は出ましたか? それとも先進諸国の金融介入で大事にならずにすみましたか?
現在、日本の株価はどんどん値下がりしています。
ところが肌で感じる日本の景気は少しも悪くないように思えます。平成の大不況のときを肺炎とすると、今はゾクゾクと寒気がするくらいの、わずかに体調が悪化しはじめた程度。なのに、先進諸国や近隣のアジア諸国と比べても図抜けて株価が下落しているようなのです。いったいこれは何を意味するのでしょうか?
熱帯多雨林(赤道付近の森)と夏緑樹林(日本の東北地方やカナダの森)はどちらが強い森か?
あくまで仮定の話(思考実験)ですが、熱帯雨林の森と夏緑樹林の森のすべての木々をチェーンソーで切り倒し、切り株も穿り返し、その土地に木が一本も残らないようになるまで木を持ち出し尽くすとします。
その後、木が一本もない状態からまた再び森が復活するまで待つとしたら、どちらの森が先にもとの姿を取り戻すと思いますか?
なんとなく熱帯多雨林のほうが早く復活しそうだと思いませんか?
あんなに生物が豊富で、木なども高く重なって生えているのだから、さぞかし土の中には栄養分がたっぷりあり、生物の生存に適した植物の天国のような土地ではないか、すこしばかり森がなくなったとしてもまた木がうじゃうじゃ生えてきて、あっという間にもとの密林に戻るのではないかと。
だから、森林を伐採して木材を切り出すとしたら熱帯多雨林の森から切り出せばいい。あんなにたくさん木が生えているなら、何本か持って行ってもまた生えてくるに決まっていると。
それにたいして寒い地方の森は、頼りなくて木も低くて、冬になると葉も散らしてしまうし、一度森が消え去ってしまったら二度と再び森ができることなどないのではないかと。
木を切り出して持っていくなんてもってのほか、縮小した森は二度と帰らない、そういうイメージがありませんか?
もし僕に、元のような森が復活する可能性があるのはどちらかと聞かれれば、夏緑樹林(東北やカナダの森)と答えます。もし熱帯多雨林から木を一本残らず持ち出せば、そこはきっと何千年間か、何万年間か砂漠化してしまい、復活はきっと困難だとおもいます。
地上50メートル、あるいは100メートルほどに達する巨樹の塊を見ると、その足下には豊かな土壌があってそれが大きな木を支えているのだと考えてしまいます。
逆に木の高さがせいぜい20メートルほど、秋には葉が全部なくなってしまうような弱々しげな森を見ると、その森を支える土壌も貧弱なのだろうと思っていまいます。
ところが、実際に熱帯多雨林の土壌を調べると、その土壌は驚くほど貧弱であることが分かります。栄養塩類がわずかしか含まれていないのです。
危うい繁栄を続ける森・・・熱帯多雨林
熱帯多雨林は一年を通して気温が高く降雨量が多いので、植物たちはさかんに光合成をおこないます。光合成で利用されるのは水と空気中の二酸化炭素なのですが、光合成による生成物を利用してさらにタンパク質や核酸(DNAなど)を合成したり、細胞数を増やしたりするときに、土壌からの栄養塩が利用されます。
その結果、土壌中の栄養塩類はあっという間に植物体に吸収され、土壌中には栄養塩類が残らないのです。たとえ、何かの動物が森で死んだとしても、その死体は(高温多湿のため)アッという間にカビや微生物たちに分解され、ドロドロに溶けて土にしみこみ、それがまたすぐ植物に吸収されて土の中には何も残らない。このような状況にある熱帯多雨林から木を切りだして森の外へ持ち出せばどうなるでしょう?
土にはもう栄養分はありません。そこに種が落ちたとしても、大きく育つための栄養分が土壌中に欠けているのです。実際の熱帯多雨林の伐採現場では、木を切りだしてむき出しになった土壌に熱帯の長雨が降り続けるため、ただでさえ貧弱な土壌を流し出してしまうと言われています。
植物のなくなってしまった土地には、水を保つ力がなくなってしまいます。
一度木を失った熱帯多雨林は、どんどん壊れて砂漠になっていくと現代の生物学では予想されています。
上部構造として圧倒的に巨大な木々を持ちながらその足下の土壌は貧弱きわまりなく、一度破壊されれば復活できないような危うい繁栄を続ける森。それが熱帯多雨林なのです。
潜在力と顕在力がくいちがう森・・・夏緑樹林
それに対して寒い地方の森(夏緑樹林)は、豊かな土壌を持っています。
寒い地方では気温が低いため光合成がそれ程盛んに行われません。その結果、落葉などによって土壌に豊かな栄養分を蓄えているにもかかわらず、それが生物に利用されないまま眠っているのです。
利用できないほどの栄養分を貯金として抱えながら、それを利用できない森。
しかし、森に今ある木々を全て持ち去ったとしても、土壌にはなお幾ばくかの栄養分が残されていますから、また森が復活する可能性はあると思います。
熱帯多雨林的な経済、夏緑樹林的な経済
生態系の単元で森とその地下に眠る栄養塩類の話をする度に、僕は日本の経済とアメリカの経済を連想してしまいます。
世界で最大の預貯金を持ちながらそれをただ眠らせるばかりで、繁栄につなげることが出来ない国、日本。
バブル崩壊後の日本の経済は、よほど寒い気候帯の森のように見えます。
足下に使い切れないほどの資産を眠らせながらそれを全く利用できず、国民皆が不景気を嘆いている。まるで気温が低すぎて光合成できなくなってしまった森のようです。
それに対して、巨大な株式市場を持ち活発に金融取引が行われて、企業活動は世界を席巻し繁栄を極める国アメリカ。
しかし、その国に暮らす国民には、貯金がありません。資産はみんな株式に流れ込んでいるからです。財産を繁栄に変えるという点では、素晴らしいことですが危うさも感じてしまいます。
目に見える形の上部構造(株式市場=森)を繁栄させながら、足下(貯金=土壌中の栄養塩類)は空っぽの国、アメリカ。
どちらが正しい姿なのか、政治や経済の知識をほとんど持たない僕には上手く判断できません。ただ、今回のサブプライム問題が森に広がった野火のように株式市場を荒廃さえてしまえば、あとに木々を失った熱帯多雨林のような砂漠化した大地のような破滅的は変化が待っているのではないかと、生物を勉強する身としては考えてしまうのです。
そして、アメリカの株式市場を支えているのが、アメリカ人の資産ではなく日本人の溜め込んだ預貯金なのだという話を噂に聞くとき、足下を掘り返されて、土壌を肥料として持ち去られる森の姿を想像していまいます。
森の相観を決定する年平均気温や年間降水量は、物理的な条件で決定されるので、人間が働きかけようとしても、その効果は限られるでしょう。しかし資産を株式で持つ(日本の企業を力づけるパワーにかえる)か、貯金(安全ではあるが特に企業の役に立たない)で持つか、これは個人の心理の問題であり、変化させることは可能なのではないでしょうか。
株取引からうさんくささを排除し企業を元気づけることが出来るような未来。みんなが日本の将来に安心感を持てる未来。そういう日が来ることを祈らずにはいられません。
(第2回 終わり)