Biological Stories 18
第18回 なぜ紅葉し落葉するのか
(第5回)無駄使いする生物は生き残れない
第15回の原稿で,肥料とは菌類・細菌類に土壌中でアンモニアを作らせるための材料だということをお話しました。今週はその続きからお話いたしましょう。
江戸時代には糞尿が売買され,等級により価格差もあった
ちょっとびっくりするような見出しでしょうか? しかしこれは事実です。
江戸時代,日本はきわめて高度なリサイクル型社会を構築していました。エネルギー的にも資源的にも徹底的に無駄を排した生活文化が構築されていたのです。
たとえば,現在の我々にとって排泄物は単に不潔なものでしかありません。用を足した後は下水に流すだけです。
しかし江戸時代にはなんと糞尿も資源と認識され、所有権すら設定されていました。たとえば長屋の住人の排泄物であれば,所有権は大家に帰属し,大家の手で売却されて副収入となっていたのです。
ここで少し興味深いのは,これらが等級づけされて売買されていた事実です。
もっとも高い値段がついたのは大名家などの上流階級からのものでした。
そしてもっとも低く評価されたのは牢屋からのものでした。
製造者?の身分によって値段を変えるなんて馬鹿馬鹿しいと思われるかも知れませんが,これには科学的な根拠があります。
等級づけの決め手は窒素の含有量
じつはこの当時,身分によって食料の内容が異なっていたのです。
上層階級は庶民より動物性タンパク質を多く摂取していました。ですから排泄物にも窒素分が多く含まれていたのです。
逆に囚人は,動物性タンパク質を殆ど摂取させてもらえなかったので,糞尿中に窒素分は乏しかったことでしょう。
ここで第15回の内容を思い出していただけば,等級付けの理由が納得して頂けるでしょう。
肥料のうちの真に重要な成分は窒素です。タンパク質やクロロフィルだけでなく、遺伝情報の本体であるDNAやRNAの合成に必要だからです。
植物は大気から窒素を取りこむことが出来ないため,動物の死体や排泄物に含まれる窒素が頼りなのです。
(空気中の窒素を利用できるのは,根粒菌を根に住まわせているマメ科植物だけです)
紅葉は窒素を逃がさないための仕組み
貴重な元素を無駄使いする植物は生存競争に勝ち残れません。つまり植物には可能な限り窒素を逃がさない仕組みがあるのです。
いよいよ落葉前の葉が紅葉する仕組みを解き明かすときがきました。
それでは秋の紅葉を窒素の移動という観点から見てみましょう。
光合成のエネルギー源は光です。つまり光のエネルギーを吸収できなければ、光合成そのものが成り立ちません。
一般に光を吸収する物質は色素と呼ばれます。
光合成のための光エネルギーを吸収する物質は「同化色素」や「光合成色素」と呼ばれます。具体的には青緑や黄緑色をした「クロロフィル」、黄色の「キサントフィル」、オレンジ色の「カロテン」などを指します。
単なる緑色のように見える葉緑体にはこれら複数の色調の異なる色素が混在し、補い合って太陽光を余さず吸収しているのです。
さて、これら同化色素のうち、カロテンとキサントフィルは炭素、水素、酸素原子のみで構成されています。炭素と水素は植物にとっては安易に手に入る元素です。なぜなら炭素は二酸化炭素から、水素は水から取り込むことが出来るからです。
つまり植物にとって黄色やオレンジの色素は、光合成が出来さえすればさして苦労することなく作り出すことが出来る色素だと言えます。
ところがクロロフィルはそう簡単に捨てるわけにはいきません。貴重な窒素が含まれているからです。
さて・・・。
ここでようやく5週間にわたり追いかけてきた謎が解き明かされました。
光合成色素のうちで植物にとって真に貴重なのはクロロフィルだけだったのです。
ですから、落葉(=葉の破棄)時には、葉に含まれる緑・黄色・オレンジのうち、緑だけが植物の本体に回収されることになります。
すると、紅葉時には葉からどんどん緑色が失われ、回収されずに残ったままの黄色やオレンジ色が目に付くようになるのです。つまり紅葉とは、緑の葉から緑色色素を回収し終わった後の残りカスの姿だったのです。
おそらく貴重な窒素分を葉から回収する仕組みを持つことは生存競争に有利に働いたのでしょう。
(おまけ)
さて、紅葉のメカニズムが理解できたところで、第14回の問題を再度考え直していきましょう。
問1.樹についている緑色の葉と、紅葉ののち落葉した葉。どちらに栄養分がたくさん含まれているでしょう?
(答) 緑の葉です。
なぜなら紅葉はクロロフィルが回収された残りカスなのです。そこには植物が容易に入手できる元素しか残っていません。これでは栄養豊かとはいえないでしょう。
問2.樹についていて緑色の葉と、ちぎってしばらく放置し枯葉色に変色してしまった木の葉。肥料にしたとき「植物にとって」どちらがより栄養豊かでしょうか?
(答) 同じです。
緑色の葉のうちにちぎって放置していたとしたら、たとえ見た目が枯葉色に変色してしまったとしても、葉の中にはクロロフィルがそのまま残っています。
肥料として重要なのはどれだけ窒素分を含んでいるかです。
よって新鮮な緑色の葉も、変色した葉も、肥料としての栄養分は等しいということになります。
どうでしょう? 皆様ご納得いただけましたでしょうか?
(第18回 終わり 上田@生物)
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