« 2006年10月 | メイン | 2006年12月 »

2006年11月24日

英語 de エイガ 8 FLAGS OF OUR FATHERS(邦題「父親たちの星条旗」)

FLAGS OF OUR FATHERS(邦題「父親たちの星条旗」)2006年アメリカ(公開中)
The thing I did, the thing I saw, there's nothing to be proud of.
(僕のしたこと、僕の見たもの、何も誇れるものなんてない)

精力的に活動しているクリント・イーストウッド監督最新作だ。イーストウッドと言えばあまりに活動期間が長いので、オンタイムで見た映画でだいたい年齢が分かるというくらい出演映画が多い。西部劇世代、ダーティー・ハリー世代(僕はこの時期からですね)、そして映画監督世代。ジョディー・フォスターみたいに役者で映画を監督して全く売れない例もあるが、イーストウッドは何とアカデミー賞監督なのだからすごい。この前の「ミリオンダラー・ベイビー」は監督賞・作品賞をとったが、この映画はお勧めだ。出だしは女性ボクサーの話なのだが、後半はボクシング映画でなく180度別の話になって、最後に考えさせられる映画になっている。

1945年に硫黄島の戦いで衛生兵として参加、その後生き残りながらも戦争について全く息子にも語らないままこの世を去った父親。息子は真実の硫黄島を探ろうと取材を始めていく。
映画自体は回想の中での戦闘シーンをメインに進んでいく。終戦の約半年前の硫黄島。山の頂上に星条旗を立てた6人の兵士達の写真は、当時反戦の世論が広がり始めていたアメリカを戦争擁護論へ導く事になっていく。しかしその後5日で制圧するはずの硫黄島は1ヶ月以上の泥沼にはまっていく。

アメリカ軍が硫黄島に上陸していくシーンが圧巻。スピルバーグの「プライベート・ライアン」という映画をご存知だろうか。あの冒頭のノルマンディー上陸作戦の戦闘シーン。まさにあれなのだ。このシーンは背筋が凍る思いがする。余りにリアル過ぎて顔をそらすことも出来ずに体は動かない。

一体人間は、なぜこんな愚かなことができるのか。人間と人間が殺しあっているのだ。憎しみでもなく、復讐でもなく、単に外国人が前にいるだけで。腹から内臓をまきちらしながら尊い命はごみのように肉片になっていく。人間は地球に必要な生物なのか??

12月9日、今度は同じ監督、同じ題材で、日本の立場から見た硫黄島の戦い「硫黄島からの手紙」が公開される。この2部作をしっかりと見届けたい。(TK)

2006年11月22日

英語 de エイガ 7 DEATH NOTE the Last nameと英語

今一番映画館で人を集めているのが日本映画だ。それも泣かせる映画が主流だったがここに来て11/3の公開以来ずっと一位を保っているのが「デスノート」だ。名前を書くと死ぬという死神のノートを手にした藤原竜也は「正義」という建前のもと、犯罪者を裁いていく。普通なら手がかりの無いこの完全犯罪を追求するのが松山ケンイチだ。
週間ジャンプに連載された原作がもとになっているが、とにかくこの設定とストーリーが本当に面白い。藤原竜也はNHKの「新撰組!」以来拝見させていただいたが非常にうまい。
まだ見ていない人は第1作を見てからぜひ見て欲しい。かのビリー・ワイルダーは言った。「映画は脚本だ」と。脚本がいい。役者がいい。そして原作自体がいい。この映画がヒットするのは当然だ。

さて問題。デスノートファンなら簡単かもしれない。適語を入れましょう。
The human ( ) name is written in this note ( ) die.

答えは関係代名詞whoseとshall。shallというのは話者の意思をあらわす助動詞。「このノートの名前を書かれた人間は、死ぬことになるのだ」というまさに「デスノート」の性質を100%表現した助動詞だ。DEATH NOTEの裏表紙には"HOW TO USE IT"というタイトルの下に「デスノート」の使い方(HOW TO USE IT)が克明に書かれている。出てくる死神は日本語を話すのだが(死神リュークの声に今話題の??中村獅童が扮している)、ノートの裏表紙に書かれている使用方法はなぜか英語なのだ。まあそれはおいておこう。このストーリーと英語から見てこの作者はかなり頭がよい。(TK)

2006年11月15日

英語 de エイガ 6

映画「RIZE」とno matter what
英語科のY先生にあるDVDを借りた。「RIZE」だ。僕はこの映画の存在自体も知らないくらいだったが、Y先生は熱狂的に薦めてくれた。

ロサンゼルスの下町サウス・セントラルという黒人が多く住むドラッグと殺人の絶えない町に「ワル」の道から更正し、人々にダンスと笑顔を配達して回るトミー・ザ・クラウン(clown=道化師)がいる。手と腰をやたらとこねくり回して圧倒的な動きを見せる新しいダンス。このトミーの「教え」はワルに手を染めないようにする黒人たちの生きる勇気だ。ダンスは共感を呼びどんどん広がっていく。ラストは大きなホールでのダンス大会(彼らはバトルゾーンと呼ぶ)。しかしバトルゾーンの終了後にトミーのもとに「友人の家が強盗に入られた」という知らせが…。
自由の国アメリカ。そして銃社会アメリカ。そして差別の国アメリカ。
果たしてアメリカは世界の手本となる得るのだろうか(というのは僕の勝手な拡大解釈だが)

RIZEという単語はないわけで、これはriseを表す。最後の"I'm gonna rise, no matter what."(俺は這い上がる。何があっても)という言葉がこの映画を一言で表している(とふと見るとDVDジャケットに同じセリフが印刷されていた…)。ちなみにgonnaはgoing toの口語です。生徒のみんなは使わないように…。

no matter whatはno matter what happensのことだろう。うーん、このno matter what happens、どこかで聞いた事が…。あっ、「タイタニック」でレオナルド・ディカプリオが死ぬ間際にケイト・ウィンスレットに話したシーンだ。しかしタイタニックは何回見たのだろう…。そしてケイト・ウィンスレットは今何をしているのだろう…(余計なお世話か)。

2006年11月01日

英語 de エイガ 5

レディー・イン・ザ・ウォーターとgo
(原題 Lady in the Water)
水の中から顔を覗かせた女性のポスターが印象的なレディー・イン・ザ・ウォーター。この女性が悪者というか悪の対象だと思ったら大間違い。彼女は水の精なのだ。東洋の伝説によると、このストーリーという名の水の精は人間界の「記号論者」「守護者」「職人」「治療者」にめぐり合い、そして去ってゆくという。一体だれが「記号論者」「守護者」「職人」「治療者」なのか?という謎解き話になるのだがこれがややしょぼい。

監督があのM・ナイト・シャマランといえば「シックス・センス」「サイン」「ビレッジ」。全世界で「シックス・センス」現象がおこってから、シャマランといえばあっと驚く結末が期待されてしまうのだが、本人に言わせればそんな映画ばかり撮っているつもりはない、というのだ。
この「レディ…」は水の精の正体はすぐ分かるし、いつも出てくる変な動物(サインの時は変な宇宙人?だったなあ)もすぐ出てくるし、この映画は一体どうしようというのだ?というかシャマランはどこに行こうとしているのか…?

今回取り上げるのは死にかけている水の精にみんなが「死んではだめだ」と声をかけるシーン。"It isn't time for you to go." goと言えば「行く」でしょう!という人も多いと思うが、それで通用するのは中学内容まで。確かに"Gone With The Wind"は「風と共に去りぬ」ですね。しかし今回のgoは「死ぬ」という意味だし、He went mad.なら「彼は発狂した」、"As Time Goes By"なら「時の過ぎ行くままに」(「カサブランカ」でハンフリー・ボガ−トがバーで弾くな、という有名な曲ですね。共演のイングリット・バーグマンがきれいでしたね)。
goというのはある地点・状況からある地点・状況までの移動を表す、と覚えておかなければgoの本質は見えてこないのです。アカデミー賞の授賞式で"Oscar goes to Robin!"と言えば「オスカー(アカデミー賞の金色の像をオスカーと呼んでいます)はロビン(ウィリアム)さんです!」となります。(TK)