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数学のススメ〜ハミルトンと4元数〜

今回も、有名な数学者の一生についてお話しましょう。

ハミルトン(Hamilton)は1805年の8月3日から4日にかけて、アイルランドのダブリンに生まれました。
彼は両親から才能と酒好きを受け継いでいたとのことです。
(才能は母から、酒好きは父からと言われています。)
幼少のときには、預けられた言語学者の叔父の影響から十数ヶ国語を操り、また地理学や詩作にも長じていたようです。
自由に使えた言語が、ラテン、ギリシア、ヘブライ、イタリア、サンスクリット、アラビア、ペルシア、カルデラ、シリア、ヒンドスタン、マレー、マラッタ、ベンガル、そしてもちろん英語も話せたというのだから、凄まじいですよね。

彼は、多くの分野で早熟な天才にありがちな暗算の才能を持っていましたが、13歳のときにアメリカの暗算の天才と競争をして負けてしまったようです。
そのときの対戦相手は数学者としては無名のままで終わったようですから、暗算の才能というのは数学の才能とは直結しないようですね。
ハミルトンは数学はもちろん得意でしたが、学生時代には天文学にも興味があったようで、まず天文学の教授になります。
その後、力学、光学、数学へと興味が移っていったようです。

ハミルトンの数学における最大の功績は、4元数の発見でしょう。
4元数は、王立運河に架かる橋の奥さんと歩いているときに、火花のように突然ひらめいたもので、その発見に興奮した彼は、基本公式を橋にナイフで書きとめたと言われています。
4元数は現在ではベクトルにとって代わられていますが、当時としては複素数の重要な一般化であり、その後多くの信仰者を生みました。

また、ハミルトンは政治的にも成功した数学者でした。
長年の英国協会への貢献を認められて、ナイトの称号を得ました。
そのため、多くの晩餐会に出席しなければならなくなり、だんだんと酒量が増えていきます。
無類の酒好きであったのと、奥さんが病気がちで不摂生になっていき、1865年の9月2日に60歳で亡くなりました。(MH)

4元数の発見は、ハミルトンと同時代の多くのイギリスの指導的な数学者たちに強烈な印象を与え、それは数学の最後のことば、多くの代数学の問題の理想的な解法と思われた。――――――(ソーヤ)

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