兵法書を読み解く〜古の知恵の宝庫をたずねて〜
生きることは戦うことと同じです。
それは古代の手に武器をとって戦う頃から変わることはありません。
毎週水曜日は、様々な兵法書からエッセンスをお伝えしていきましょう。
太上は過ちなく、その次は過ちを補い、人をして私語することを得むなからしむ。―――『尉繚子』
「最も望ましいのは、みずからが過ちを犯さないこと、それが無理なら、かりに過ちを犯してもすぐに改め、臣下に批判の余地を与えないこと」
これがトップとしての望ましいあり方なのだという言葉です。
唐の玄宗皇帝といえば、楊貴妃との話だけがよく知られていますが、少なくとも治世の前半は「開元の治」と呼ばれる、まれにみる盛世を現出させている。
それは他でもなく、彼自身が気持ちを引き締めて政治にあたり、臣下の諫言をよく受け入れたことによるものでした。
当時、韓休という硬骨の宰相がいて、玄宗にささいな過ちでもあろうものなら、すぐさま飛んできて、口うるさく諫めるのが常でした。
ある日、玄宗は鏡に自分の顔を映してみて、「少しやせたかな」とつぶやいたところ、左右の者が「韓休が宰相になってから、陛下はおやせになったようでございます。いっそあの頑固者をやめさせてはいかがでしょう」と進言しました。
すると、玄宗はこう答えたそうです。
「私がやせても、天下が肥えれば、それでよい。韓休を宰相にすえているのは、国家のためであって、我が身のためではない」
なかなかカッコイイ一言だと思いませんか。(MH)